about Keith Jarrett and Miles Davis's ensemble

キース・ジャレットの伝記(2020年7月英語版)と、マイルス・デイヴィスの結成したバンドについて、英日対訳で読んでゆきます。でゆきます。

ウィントン・マルサリス「Moving to Higher Ground」を読む 第2回

今回は、序章「そう、それがジャズってもんだ」の後半を見てゆきます。

 

 

 

まずはドラムスから。「バスドラムとシンバルは、全体のカギとなるものだ。4拍子で行こう。1・2・3・4とね。バスドラムは1・3拍目。シンバルは2・4拍目。この二つはお互いに応答するような感じになる。つまり、バスドラムが「ドン」といえば、シンバルで「チャ」と返すってことだ。」 

 

「さて、この時2回目の4拍目で、シンバルとバスドラムの意見が一致する。二つの楽器を同時に鳴らすと、そう、それがジャズってもんだ。」 

 

説明が続きます。「いいかな、自分のパートは、跳ね回るように、そしてリズムはスキップするように弾くこと。君がダンスを踊るようにね。」 

 

次はテューバの方へ向かいます。「さて、テューバだ。ここでは一番大きな楽器だ。長さの長い音符を担当して、間を取るんだ。ほら、何でも大きな物って、間を取りながら動くだろう?」テューバが吹くフレーズを歌って聞かせると、「君のパートは、バスドラムと結びついている。二人ともが下支えの処にいるから、動きをぴったりそろえること。君達は床 - つまり、拍の土台になる。 

 

テューバを担当している子が楽器を吹き始めると、バーカー先生が指示を出します。「感情を込めて吹くんだ。その時、一番低い音を吹くときに、音符を弾ませること。」するとテューバの子は、弾むように吹き出します。そしてテューバとドラムスが、からみはじめます。先生の指示が飛びます。「しっかりまじりあって、そろって演奏すること!」すると、低くて唸るような「音」を立てたので、先生が言います。「そう、それがジャズってもんだ。」 

 

今度はトロンボーンの方を向きます。「他の子達になくて、君だけにあるのは何かな?」 

 

「スライドです」とその子は答えます。 

 

「その通り。ジャズを演奏するときは、いつだって、自分だけが持っているもの、そいつをしっかりと他の人達に示すこと。自分らしくられることを、他の人達に自慢しちゃおう。何と言っても低い音の楽器だ。音域が下がるほど、リズムだってゆっくりになってゆく。ということで、こんな感じのフレーズを吹いてごらん。」先生が歌って聞かせると、「時々、ルーオーアーってスライドを上げて行って、たどり着く音符を自分で決めて、それに向かって音を引き裂いてゆく感じで、ブアーっとやってみよう。」テューバ、ドラムス、そしてトロンボーンが一斉に演奏し出すと、ものすごい音がしました。しかしバーカー先生は、これを聞いて「それがジャズ音楽ってもんだ!」 

 

次はトランペットの子達に声をかけます。「さぁ、トランペットはリード楽器といって、メロディを担当する。気持ちを強く持とう。」そして「リトル・リザ・ジェーン」のメロディを歌って教えます。僕達は吹き始めます。一通り吹くと、2・3か所大きな吹き間違えがありました。先生が指示を出します。「音符に君達らしさをつけて吹くこと。ガンガン行こう!どの音符も吹きまくっていきなさい。それからリズム感を出すこと。弾むように、とさっき言ったよね。」先生は、僕達にやらせようとすることを、まず自分が歌って聞かせます。その後に続いて、僕達は一緒に演奏するわけですが、出てくるのは騒音みたいな音です。そう、間違いなく、ものすごい音がします。でも演奏し終えてみると、何だか楽しい感じがしました。 

 

そしてクラリネットの番が来ました。「ほら、ここにキーが色々付いているだろう。速い動きの音符が吹けるし、高い音、それもトランペットよりも高い音が吹ける。速いアルペジオだの、トリルだの、お手のものさ。これがトランペットとの違いだよ。時々こういうのを織り交ぜて吹くんだ。トランペットと同じメロディを、1オクターブ上でね。」先生はクラリネットのパートも歌って聞かせます。クラリネットの子達が、キーキー、ギャーギャーと音を鳴らすのを聞いて、先生の指示が飛びます。「演奏の全てに、自分らしさを出すこと。音符を、えぐって、ひん曲げて、滑らせてみよう。」皆頑張って、実行しようとしていました。 

 

バーカー先生が言います。「それがジャズってもんだ。それじゃぁ皆で、メロディを吹いているクラリネットとトランペットを聴いてみよう。でも皆で一緒に演奏する時は、メロディであろうとなかろうと、お互い音で話しかけ合うことが必要なんだ。トランペットが間を取っているな、と思ったら、クラリネットそこを埋めなきゃいけないよ。」ということで、僕達は、足並みをそろえて演奏しようと頑張りました。クラリネットは1オクターブ上でメロディを吹いて、速い動きの音符をいくつか加えつつ、しかし依然として、キーキー、ギャーギャー、は直りません。そしてバーカー先生は、というと、「よし、それじゃ全員一緒に「リトル・リザ・ジェーン」をいってみようか」史上最大の、不協和音、バラバラな演奏でした。 

 

「諸君。」熱血先生の、まとめのお言葉は「それがジャズってもんだ。」 

 

現在のニューオーリンズ・ジャズの音楽シーンを彩る、最高のミュージシャン達の多く - ルシアン・バーバリン(トロンボーン)、シャノン・パウエル(ドラムス)、マイケル・ホワイト(クラリネット)、グレッグ・スタッフォード(コルネット)、ハーリン・ライリー(ドラムス) - 彼らは皆、ダニー・バーカーのフェアビュー・バブテスト教会のブラスバンドで数年間過ごしています(ハーリン・ライリーは当時はトランペットを吹いていました)。ですから先生は、当時の僕達の音を耳にしているわけです。僕達は、先生から大切なことを教わりもしたのです。人は誰しも、創造力がある。自分のそれを大切にすること。同時に、他の人が創造性を発揮するのを尊重すること。 

 

僕は今日まで、ジャズに多くを教えられてきましたが、この「創造力云々」こそが、最初の教えでした。今、ジャズというものに対しては、色々なことが沢山言われています。ジャズは、専門家でもない限り、大半の人には難しすぎて理解できない。「基本ここをおさえる」とか「ここがポイント」というのが、見えてこないし聞こえてこない。全盛は昔の話、それだって、客がまばらなタバコ臭いクラブでの話。挙句の果てには、ジャズ自体が、棺桶に片足を突っ込んでいるような状態だ、などと言われる始末。 

 

僕はこれまで30年にわたり、こういった批評が完全に間違えである、ということを訴え続けています。この本で僕が伝えたいことは、我が国(アメリカ)が生んだ最高の音楽芸術が発信する、ポジティブなメッセージです。名人達が舞台上で示した、互いに対する敬意と信頼の念は、皆さんの世界観を変え、人生の局面の一つ一つを、豊かなものにしてくれるでしょう。皆さん一人一人の創造性や人とのつながりから始まって、そこから更には、仕事への取り組み方、「国際人とは何か」の時代に即した考え方まで・・・。 

 

「興行」と名の付くものは、大概、初心者にその楽しみ方を指南してくれるものです。スポーツアナウンサーの実況解説、オペラを見に行った時のプログラム冊子やステージに映し出される字幕、博物館や美術館の音声ガイド。ところがジャズは、これまで大概、演奏する側でさえ、「感じるままに演奏しろ」「ずっと聴いていれば、いつか分かる」あるいは、何も伝わらない代わりに「ダサい」と思わせるしかないような、意味不明の解説がチラホラとあるだけでした。「質問しなきゃ分からないようじゃ、一生理解は無理だ。」などと言われますが、これは「ジャズとは何か?」ということが、大半の人々にとっては謎であるからこそ、飛び出してくる言葉であるとも言えます。でも実際は、ルイ・アームストロング、テロニアス・モンク、マーカス・ロバーツといった偉大なアーティスト達の歴史が示すように、ジャズには共通するものがあるのです。 - スウィング、ブルース、シンコペーション(様々なモチーフに工夫を凝らすこと)、新しい形式の創作、演奏者同士が連係プレーをとりながら行うインプロバイゼーション、「卓越した技を控えめに」という表現の仕方 ― これらは、後ほどたっぷり解説してまいりますが、いずれも、ジャズという言葉で世相を語ることを、ねらいとしています。 

 

この本では、まず、ジャズを聴くことの解りにくさから解消してゆきます。その上でジャズの根底に流れる発想は、皆さんの人生を変えることができる、ということを御覧に入れたいと思います。ディジー・ガレスピー、ビリー・ホリデー、マイルス・デイビスオーネット・コールマンチャーリー・パーカージェリー・ロール・モートンジョン・ルイス等々、名人達の奏でる音楽の感じ方と、それぞれのサウンドや個性の違いの聞き分け方を、皆さんが身に着けてゆくお手伝いをさせていただきます。その為に、僕達ミュージシャンが、演奏中何を考えているか、頭の中をチラッとだけお見せしましょう。それから、ブルースがジャズの中心に居座るそのワケは?ジャズのインプロバイゼーションは、他の音楽形式のとは異なっているのですが、そのワケは?こういったことをお話ししてゆきます。そして、ジャズの持つ、創造性のせめぎ合いについて、詳しく見てゆきます。この「せめぎ合い」は、自己主張と自己犠牲の間に発生するものです。同時にこれは、スウィングの核心に存在するだけでなく、音楽に、ひいては人生にも存在するものです。 

 

同時に、ジャズが長年にわたって僕に与え続けてくれる教訓を、皆さんにもお伝えしてゆきたいと思います。芸術活動、そして人生についての、これらの教訓は、皆さんにとっても役に立つことを願っています。それは何かというと、皆さんが他の人々と共通の目標に向かってコラボする時、「権利」としての自己主張と我儘、そして「義務」としての他者の尊重、この「権利」と「義務」のバランスを、きちんと理解し、あるいは維持すること、これに他なりません。自分が楽しみ、同時に、お互いに楽しむ。これを実行しろ、というのが、ダニー・バーカーの教えであり、皆さんにもそうあってほしい、と、僕は願わずにはいられません。 

 

ウィントン・マルサリスより。

 

次回、第3回は、第1章の前半を見てゆきます。

ウィントン・マルサリス「Moving to Higher Ground」を読む 第1回

ウィントン・マルサリス(Wynton Marsalis)の話題作「Moving to Higher Ground - How Jazz Can Change Your Life」を読んでゆきます。

 

この本は、次のような構成になっています。

序章 "Now, That's Jazz"

第1章 Discovering the Joy of Swinging

第2章 Speaking the Language of Jazz

第3章 Everyone's Music: The Blues

第4章 What It Takes - and How It Feels - to Play

第5章 The Great Coming-Together

第6章 Lessons from the Masters

第7章 That Thing with No Name

後書き:ウィントン・マルサリスと米国司法長官サンドラ・オコーナー(当時)との対談より

 

お手元に原書をご用意いただき、ご覧下さい

2009 Random House Trade Paperback Edition

 

「ジャズはあなたの人生を変える」という副題のこの本は、ジャズのみならず、音楽を通して、個の尊重と人同士の調和の創造という、一見相反することを実現するにはどうしたらいいか、が、ウィントンらしい温かくも筋の通った言葉で書かれていいます。

 

序文に代わる写真の下には、こんな文章があります。

 

 レコーディングセッションの途中での余興:僕、ビクター・ゴインズ、ハーリン・ライリー、ウィクリフ・ゴードン、そしてエリック・ルイス「大先生」。ベース奏者のレジナルド・ビールが好んで言う「音楽がない、は、いらない!」を絵にかいたような光景です。

 

今回は序章の前半をご覧ください。

 

序章「そう、それがジャズってもんだ」   

<写真脚注> 

受け継いでゆくこと:ピアノの天才少年、ウィントン・ケリー君が、ピアノの手ほどきを、クウェーム・コールマン(柱の向こう)とエリック・ルイス から受けているところです。名ドラマーのハーリン・ライリー(右から2番目)は、僕の兄貴分です。 僕達二人は、ニューオーリンズのダニー・バーカー の処で演奏活動をしていました。エリック・ルイス と、テナーサックス奏者のウォルター・ブランディング(左から2番目)とは、10代の頃からの付き合いです。その他、見守っているのは、ケリー君が 自慢のパパ、アンドレ・ゲス(左)そして、僕達 のツアーマネージャーのレイモンド・マーフィー 大親分」。彼は20年以上に亘り、全米で公演を行い続ける切り盛りをしてくれています。 

  

 

1970年代初頭と言えば、公民権運動の直後でした。アフリカ系アメリカ人のポピュラーミュージシャンと言えば、その王座に君臨していたのは、ジェームス・ブラウン、マー 

ビン・ゲイ、それからスティービー・ワンダー。人々は8インチ(約20センチ)のアフロヘアにポリエステルのレジャースーツでビシッと決めていた頃です。社会変革の余 

韻が未だ残っていた頃、流行の先端を行く人々なら考えもしないことといえば、ディキシーランド音楽、ヘアスタイルをキープするハンカチの頬かむり、白人に媚びを売る「アンクル・トム」、シャッフルリズムとひっかくようなサウンド、そして、観光客に歯をむき出しにして笑ってみせるスマイル。「ディキシーランド」と聞いただけで嫌悪感を覚えたものです。そんな中、僕の父は、僕と兄のブランフォードを連れ出し、子供達だけのバンドで演奏させようとしました。指導者はダニー・バーカー。バンジョーとギターのレジェンド的プレーヤーでした。といっても子供の僕達にとっては、テレビ漫画のBGMとか古臭い、何かこびへつらった曲を演奏する人?位しかイメージが描けませんでした。大体、バンジョーって何?って話です。歴史の授業で習ったフレデリック・ダグラスの為に弾く楽器か何か?やれやれ、折角の土曜日に駆けずり回って、奴隷制の歴史を振り返ってみましょうってか?ウレシイねぇ(笑) 

 

 確かにダニー・バーカーといえば、バンジョーとギターの共演者として名を連ねるのは、ルイ・アームストロングシドニー・ベシェ、それからジェームス・P・ジョンソンにキャブ・キャロウェイと、そうそうたる面々。でも当時僕達には全然わからない人達でした。僕は当時、ルイジアナ州のケナーという街に住んでいました。兄のブランフォードは9歳。僕は8歳でした。僕の父は1時間半車を 飛ばし、ニューオーリンズにある、とある空家へとやってきたのです。そこでは、バーカー先生が指導するフェアビューバプテスト教会のブラスバンドが練習中でした。

 

会った瞬間、あ、この人がバーカー先生だな、と分かりました。彼は派手な性格の人で、熱意にあふれ、そして話好きででもありました。ニューオーリンズ音楽を愛し、そして子供好きでもあったのです。この日彼は、僕にとって生涯で最も心に残る教えを、ジャズの演奏、そして人生に起こりうるであろう自己表現と人間同士の尊重の念について示しててくれることとなるのです

 

 

次回は、この続きから。